最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)79号 決定 1983年11月10日
主文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中二一〇日を本刑に算入する。
理由
弁護士榎本峰夫の上告趣意第一点及び被告人本人の上告趣意中、原審が証人古谷克己、同高瀬義郎の尋問の際、被告人から直接これらの証人を尋問することを許さなかったことの違憲及び判例違反をいう点について
記録及び原判決によれば、原審はこれらの証人の証言を事実認定又は量刑の資料としたものではなく、単に第一審判決の事実認定の当否を審査する資料として右証人らの取調べをしたにすぎないことが明らかであるから、違憲及び判例違反の主張はいずれも前提を欠き(最高裁昭和二五年(あ)第六四一号同二七年二月六日大法廷判決・刑集六巻二号一三四頁参照)、適法な上告理由にあたらない。
同弁護人の上告趣意第二点及びこれと同旨の被告人本人の上告趣意について
第一審及び原審における証拠の採否について違憲をいう点は、単なる法令違反の主張にすぎず、また、これを判例違反として主張する点は、所論引用の判例は本件と事案を異にするばかりでなく、その実質は単なる法令違反の主張にすぎないから、いずれも適法な上告理由にあたらない。
同弁護人のその余の上告趣意について
上告趣意第三点は違憲を主張する点もあるが、実質はすべて事実誤認の主張であり、同第四点は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。
被告人本人の上告趣意中、第一審において被告人の迅速な裁判を受ける権利が害されたことの違憲をいう点について
第一審の審理経過に徴すれば、本件の審理が甚だしく遅延したとは認められないから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
同人の上告趣意中、適法な召喚手続がなく公判廷に連行されたことの違憲をいう点及び第一審判決の未決勾留日数の本刑通算が判例に違反すると主張する点並びにその余の上告趣意について
所論前段は、実質において単なる法令違反の主張にすぎず、同中段は、所論引用の判例は本件と事案を異にするばかりでなく、その実質は量刑不当の主張にすぎず、同後段のうち在廷証人尋問の証拠決定の判例違反を主張する点は、弁護人において所論証人田中邦博(在廷)の尋問についてなんら異議を述べた形跡が認められないのであるから、所論は前提を欠き、その余は実質において事実誤認の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。
(なお、職権により調査してみるに、原判決中、第一審判決が被告人に対し一二一四日の未決勾留日数のうち四〇〇日を本刑に通算したにすぎない点に裁量の誤りはないとした判断は、いまだ違法とはいえない。)
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官谷口正孝の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官谷口正孝の反対意見は次のとおりである。
一 刑法二一条による未決勾留日数の本刑算入は、当該裁判所の裁量によるものであって、当該事件について通常審理に必要な期間に対応する未決勾留日数を除いて本刑に算入されるが、被告人の責に帰すべき事由により勾留期間が延伸した場合にはその分の日数は本刑に算入しない。これが裁判実務における取扱い例となっている。そして、この取扱いは理論上も支持できると思う。しかし、被告人の勾留は審判の目的のための手段に止まるべきものであるから、その手段としての未決勾留日数が目的たる本刑の刑期を超過するが如きことは極めて限られた場合でなければならず、未決勾留日数の本刑算入の程度を誤った場合、裁量権の乱用として違法の評価を受けることがある。
ところで、原判決は第一審における未決勾留日数が一二一四日の長期に及んでいるが、それは被告人の拘置所内における二回にわたる異物嚥下、拒食による栄養失調のための出廷不能等専ら被告人の責に帰すべき事由によるものであるから、第一審判決が右未決勾留日数のうち四〇〇日しか本刑に算入しなかったとしても、右二一条による未決勾留日数の本刑算入について裁量を誤ったものとはいえないとして、この点に関する量刑不当の控訴趣意を排斥している。
二 しかし、私は本件事案に即してみる限り原判決の右判断にはとうてい賛成することができないのである。その理由は以下に述べるとおりである。
1 本件は、二三個の窃盗と一個の住居侵入を内容とする常習累犯窃盗の事案であって、そのうち六個の窃盗については被告人はこれを否認している(うち一個については第一審において無罪とされている。)。その否認の態様は、右六個の窃盗については当時被告人が同居していた古谷克己の犯行であるとして、その理由も具体的に述べている。為めにする意図に出た否認とはとうてい考えられない。第一審としては争点を専らこの点に絞って審理すれば足りたはずであって、事実認定がそれほど複雑、困難な事件とは考えられない。なお、本件においては訴因の追加が四回に亘ってなされており、そのため審理期日が延期された事情はあるが(そのことは被告人の責に帰すべき未決勾留の延伸事由とはならない)、その点を考慮にいれても、本件の如き事件について第一審裁判所としては通常審理に必要な期間はいくら長くても一〇か月程度と考えてよいであろう。
2 次に、被告人の責に帰すべき未決勾留の延伸を何日と計算するかは、第一審における審理の長期化と相まって検討を要するところである。
(イ) 被告人の拒食による栄養失調のための出廷不能、異物嚥下による開腹手術、治療のための出廷不能が被告人の責に帰すべき未決勾留の延伸事由に当ることは否定できない。そのための審理の遅延は記録による審理の経過を考えれば二五〇日と計算すれば十分であろう。
(ロ) 右のほかに本件第一審の審理が長期化し未決勾留が延伸したことについて、被告人の責に帰すべき事由が存するものといえるであろうか。審理に際しての被告人の極めて抗争的な態度が影響しなかったものとはいい切れない。しかし、記録を検討し第一審の審理経過を追ってみると、私は、本件第一審の審理がかくも長期化したのは、その基底に被告人が上申書その他でしばしば訴えているように被告人の国選弁護人の弁護活動に対する不信感、裁判所の審理の進め方に対する反感があったことは否定できないと思う。証拠の採否について、被告人が裁判所の審理態度に不満を抱き審理を拒否する挙に出たことについて被告人を一方的に責めることは酷に失するであろう。被告人が否認した六個の窃盗については、先に述べたようにその否認の理由は具体的であり、かつ一応の筋道もとおっていたのであるから、第一審裁判所としてはさらに被告人の弁解に耳を傾ける審理態度をとるべきであったとの感を免れない。もし、そうであったなら、第一審の審理の様相は変っていたのではないだろうか。
以上のように考えてくると、本件第一審の審理が長期化したことについては、前記(イ)の事由を除いて被告人の責に帰すべき事由によるものとは断じ難い。
三 以上述べたとおりであって、私は第一審判決が未決勾留日数一二一四日のうち四〇〇日のみを本刑に算入したに止ったこと(七〇〇日程度の算入がなされるべきであったと思う)は、刑法二一条所定の裁量を誤った違法があるものと考える。そして、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかな場合であるから、原審としてはこの点の控訴趣意を容れて第一審判決を破棄すべきであった。原判決には、この点についての判断を誤った違法があり、原判決を破棄しなければ、懲役四年の宣告刑に対し七年に近い身体拘束を認める結果となり、著しく正義に反する結果を招来する。私は、本件の処理としては、原判決及び第一審判決を破棄し、当裁判所において自判すべきものと考える。
(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 藤崎萬里 裁判官 中村治朗 裁判官 和田誠一)